星空を見上げ、思うあの頃

 冬の星空は実に高く、キラキラ光る星はきれいにみえる。
 しかし、寒さに耐えなければならない。
 
 思えば小学校の頃、夏休み前に星座表が配られ、毎晩あのアパートの前にある坂で星空を眺めていた。

 今日、じいちゃんの誕生日。
 祝いの電話で、話が私の仕事に。
 そして実家に電話し、兄に電話し、話題は共に私の仕事に。
 国と貿易関係のある会社or部門に入り、仕事で北京に帰れるチャンスをつかめと。
 母からばあちゃんの話を聞いた。
 「柚杏は歳とったら寂しくなるだろうね。」
 親戚もいなければ、自分の実家もないからそう言ったのだろう。
 
 寂しさは歳とってから始まるものじゃない。
 そして、いまに始まったことでもない。
 幼少時からの友だちは10何年前からいない。
 中学・高校時代の友人もそれから全く別の道を歩ことで連絡も減る一方。
 おまけに異国にいる。
 大学時の友人、留学生と一般学生の間を行き来した自分にどれほどの友人がいるのか、数えるのに片手で十分。
 そして、これからの人生のなかで何人ほどの方が生涯を通して友情を貫けるのか。
 
 国に帰って仕事し、生活をしてほしいのは、親族一同の考え。
 口に出さなくても十二分ほどに伝わってくる。
 しかし、わたしは国で生活する予定もなければ、望んでもいない。
 むしろ、出来れば戻りたくはない。
 
 不完全に社会化された私にとっての国は、実に息苦しい場所である。
 中国と日本(いやすべての異国同士で共通することかもしれない)は、近くて遠い国である。
 価値観は全くと言っていいほど違う。
 
 わたしはある意味では化け物かもしれない。
 中国人の皮をかぶった自称日本人。
 
 この葛藤、この孤独は誰にとも分かり合えない。
 いいえ。
 親には決して分かり合えないのだろう。
 親にとってのわたしは、自己中心で神経質で、理解しがたい娘でしょう。
 
 真冬の星空を見上げ、思う。
 もし人生をやり直せるとしたら、どこからやり直すのか。
 初めて日本にきたとき?
 日本に留学したとき?
 B大入学をきめたとき?
 それとも、一からのやりなおしなのか。

 人生はやり直せない。
 立ち止まっているいまでも、一秒一秒と前に進んでいる。
 わたしは前に進むしかない。
 進みたくなくても、強制的に進められている。
 
 高校の先輩はわたしにいった。
 自分の信じた道を堂々と歩め!
 
 わたしはこの道を進んでいく。
 これがかつて日本を離れていたあの日に、心の中で自分に誓ったこと。
 
 わたしは日本に戻ってくる。
 そして、自分の力で日本で夢を叶え、生きていく。

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