この話は高校時代にまで遡る。
それほど昔でもなく10年から6年前のこと。
学校の行事に積極的に参加する一人の女の子がいた
ただの参加ではなく
学生代表の挨拶から大会の司会まで。
高校三年の時には、ついに校長の通訳にまで、
そして、高校兼市の代表へと国際的な場へと上っていた。
なぜ「上る」を使うの?
最初の頃は、教師たちが代表を選んだりをしていたが、
高校2年頃から、あの女の子の積極的な行動によって、それらのチャンスを勝ち取ったのであるから。
そのせいか、生徒の間だけではなく、特定の教師たちにも白目でみられることも多々にあった。
「目立ち過ぎ」
「前に出過ぎ」
などのバッシングを受けながらも、その女の子はチャンスを逃さず次々の進んでいく。
彼女は思った
自分にはこのような仕事には向いている、と。
周りから言われた
行動力がある、と。
5年前の春。
彼女のふるさとに感染病が広まり、一時期世界中の注目の場にもなった。
国家有难,匹夫有责
彼女は異国の大学で、一人で募金活動をスタートさせた。
だが、同郷人たちはそれにはほとんど関心を持ってくれなかった
それだけではなく、
「意味がない。」
「募金したお金がどこに流れていくのかもわからない。。」
「そんなお金がない。」
そんな消極的な言葉を発する。
異国人の手を借りながら、僅かな同志とともに孤独に募金活動をし続けた。
同郷の留学生学友会の地域会長から、大学で学友会を設立してみないか、と後ろ盾になってくれるの話をいただいた。
しかし、彼女は断った。
自分の行動力の限界を感じ
他人が母国に対する、真の思いに失望した。
彼女は人生の方向を変えた。

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